Masanori Shimono

Essay (Japanese)

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『脳のマクロとミクロ  ~ネットワークの視点から~ (仮題)』

第0章 イントロダクション

「木を見て森を見ず」「神は細部に宿る」二つのことわざを同時に持っている日本人。それぞれの視点は相反することを語っている様に思える。この一見、相反した二つの思考方法から生まれてくる脳神経科学とはどういったものなのだろうか。この問いに答える上で自然と大切になってくるテーマは、脳の様々なスケールにおけるデザインの背景に存在する”法則”を見つけ出す試みである。本文では、脳科学における”法則”の解明の歴史とその前提として必要となってきた計測技術の研究の歴史の一側面を紹介していく。歴史を辿る中で、今とりわけ重要な課題が過去の延長上にありながらも”目新しさ”を感じさせる理由が見えてくるだろう。

マクロな脳の計測

1-1. 脳は電気で働いている ~ ニューロンと脳波

近代的な神経科学は、神経素子(ニューロン)の発見からはじまる。脳をミクロなスケールで観察するとき、ニューロンが一つの単位となる。脳で主な電気信号を伝えている細胞に、ニューロンという名をつけたのは、ドイツのハイリンヒ・ワルダイエルで、1891年の出来事である。しかし、脳に”細胞”という単位構造があることが解明されるまでには、いくつかの段階が必要であった。1837年、日本の医学の近代化とその後の将来を担う人材育成に努めた緒方洪庵が適塾を開いたころ、ドイツのマティアス・ヤコブ・シュライデンは、植物の細胞を電子顕微鏡で直接観察して、”細胞”の存在に気づいた。さらに、1839年、シュライデンと個人的な付き合いのあったドイツのテオドール・シュワンが、後にシュワン細胞とよばれる細胞を動物で見つけた。この二人は、細胞説の立案者とされている。しかし、脳で神経細胞が存在していることを確証するためには、神経細胞だけを染色をした上で観察する必要があった。この染色方法を開発したのが、イタリアのカミッロ・ゴルジである。そして、その染色方法を、スペインのサンティアゴ・ラモン・イ・カハールが多用し、詳細な観察を行い、神経細胞(ニューロン)の間が分かれている事を確証した。この業績で、ゴルジとカハールは、後にノーベル医学賞を受賞する。しかし、その染色手法を開発したゴルジは細胞間に分かれ目はなく網状につながっている、という”網状説”という主張に固執していた。そのため、ノーベル賞の受賞講演で、両者は全く逆の主張をしたことは有名である。その後、カハールの主張の正しさは確証され、細胞のつながりの前部を軸索、後部を樹上突起と呼ばれ、そのつながり部分を、イギリスチャールズ・シェリントンは「シナプス」と名付けた。

さて、マクロな脳計測信号が見つかる中にも、さまざまな知識の積み重ねがあった。人のマクロな脳から電気信号を計測する最も古典的な手法は、脳波(EEG)であろう。脳波研究の父とされるのが、ドイツのハンス・バーガーである。バーガーは、1920年ごろに、頭皮にとりつけるコイルの構造をうまく選ぶと、脳から電位変化が検出できて、その電位に、脳波(ドイツ語で、Electroenkephalogram)という名前をつけた。さらに、その信号に明らかに突出して強い振動を示す周波数領域(8-12Hz)のα波を被験者の閉眼時に計測されることを発見している。この発見は、イギリスのリチャード・カートン(1842 – 1926)が、動物の中枢神経系から電気信号が計測できる事を確認していた事を土台にしている。さらに遡れば、イタリアの科学者ルイージ・ガルヴァニが開発した、検流計(ガルバノメーター)という微弱電流の検出方法が活かされている。検流計の原理は、現在の高校物理で理解できるものである。電線を巻いてコイルを作ると、“アンペール(右ねじ)の法則”に従って、磁場がその中を突き抜ける。そのコイルの外に磁石を置くと、コイルが自身の磁気との反発で、コイルが回転するので、その回転角を正しく計測すれば、電流の強さを間接的に測れる。そこで、流れる電流が弱いとしても、そのコイルの巻き数を増やせば、コイルから生じる磁場の強度を上げることができる。さらに、その磁石を強いものにすれば回転角も大きくできて計測しやすくなる、という訳である。ガルヴァニ自身も、カエルの筋肉に、外部から電気を加えると収縮が起こる事を見つけ出していた。「脳はニューロンという細胞からできている」「脳では、電気信号が流れている」という、今で言う”常識”も、数十年をかけた、多くの研究者の一つ一つの知識の積み重ねの上で明らかになってきたのである。また、その積み重ねられる上で、生物、化学、物理学という分野の壁、国籍の壁を超えた知識の交流が重要な役割を果たしていた。

1-2. 脳の解剖と機能局在 ~ 認知機能との接点

脳の表面をおおっている皮質は、前頭葉、側頭葉、頭頂葉、後頭葉に大きく分けられる。脳科学では、長い間、機能局在説、つまり「皮質上のある一部が、ある認知機能と対応しているという説」が、多くの研究者たちに支持されてきた。では、研究者たちは、その機能局在説をどうやって証明してきたのか。その証明をするために、「脳の一部を除去すると、安定してある認知機能が生じなくなること」か「脳の一部を刺激した結果として知覚が生じること」を確認してきた。

たとえば、後頭葉に、視覚野(視覚の中枢)が存在していることは、1878年、ドイツのエドヴァルド・ムンクが示したと言われているが、その時、ムンクは、イヌとサルで後頭葉を除去した結果、視覚機能が失われることを確認した。その後、Luigi LucianiとAugusto Tamburiniらにより再確認と補正が与えられた。さらに、Paul Emil Flechsigらが、後頭葉 (頭の後側)が、脳の奥を通って、眼につながっていることも明らかとなり、確かに視覚情報を処理しているらしい、という話になる。これに加えて大切なのは、ヒトでも同じなのか、ということであり、1885年ごろに、Herman Wilbrand、Moses Allen Starr、Salomon E. Henschenらの脳損傷患者の臨床研究でも確認される事となる。

側頭葉の上部が聴覚の中枢であることを主張したのは、イギリスのデービッド・フェリヤーであるとされている。しかし、一次聴覚野は、皮質の奥まった部分に存在する上に皮質下からの投射が両側に届いている。さらに、聴覚情報は、皮質に投射されるまでに相当の処理がされている。これらの理由から、その位置を解明するのに、フェリヤーの後でもかなりの紆余曲折を経た。

まず、フェリヤーは、側頭部への電気刺激へのサルの応答から聴覚との関係性を示した。さらに、フェリヤーは、サルの側頭葉上部の除去を行い、側頭葉上部が(聴覚に、欠かす事ができない存在である)ことを確認した、いや、確認したはずであった。というのは、同時期のエドワード・アルバート・シャーファーは、サルから両側の側頭部を除去しても、聴覚が消えきらないと主張しはじめた。その他にも、視覚野の研究でも業績のあった ムンクやLucianiとTamburiniらも、イヌやネコで聴覚と側頭葉の関係性の研究を進め、側頭部の上部だけを除去しても、聴覚が消えきらないと主張してきた。この様な状況の中で、側頭葉の除去により、聴覚にどの程度の深刻な障害が起こるのか、には確からしい結論が得られなかった。とりわけ、さまざまな動物の中でも「ヒトで側頭部が聴覚に必須であるのか」が大切なので、1918年に、スウェーデンのサロモン・ヘンシェンなどによるヒトでの臨床研究が出るまで、結論が持ち越されることとなった。現在、側頭葉上部にある一次聴覚野(皮質での聴覚情報の入り口)であることに加えて、一次聴覚野が損傷されても、皮質下での処理によって、反射的な反応は残ることも示されている。

次は、運動野と体性感覚野について、話してみる。ムンクやFredrick Mottは、1892年に、体性感覚領域が、前頭葉”と”頭頂葉に存在していると述べていた。しかし、運動野と体性感覚野との位置関係は、1900年以前ではうまく分けて理解されていなかった。というのも、サルの脳から、前頭葉と頭頂葉を同時に除去していため、運動野と体性感覚野の区別は行われていなかったのである。前頭葉と頭頂葉を分ける大きな溝は、中心溝(ローランド溝)と呼ばれている。1917年になり、LeytonとSherringtonは、中心溝の後側のみの除去で、体性感覚が悪化する事を示した。また、1915~1925年ごろになって、Oskar MinkowskiやJohannes Dusser de Barenneらが、頭頂のみへの刺激を行い、頭頂部が体性感覚の中心的な部位であると報告し、後に、ヒトやチンパンジーでも、同じ知見が確認される様になる。運動野については、1904年のEduard Hitzigのイヌの前頭部(中心溝から見て、かなり前部)への電気刺激実験が報告されいてたが、1930年になって、Otfrid Foersterが、前頭部の中心溝直前まで体系的に観察し、中心溝の直前にある第一運動野と、そのさらに前にある”高次の”運動野とが区別がされる様になって、はじめて、現在の理解へとつながる。

現在、多くの本で様々な脳機能の”地図“が示されており、より高次機能や複数の情報を統合した処理を行う脳部位も描かれる様になっている。しかし、さまざまな先人たちの努力の歴史の上で、現在の体系立った知識が作り上げられてきたのであり、その時々で間違いも存在していたのである。

運動野と体性感覚野の様な、「異なる認知機能が異なる脳部位で表現されている」として”分ける”ためには、イギリスのJohn Hughlings Jacksonが提案した、二重乖離(double dissociation)という基準が大切である。「脳領域1の障害に対して、ある機能Aは阻害されるが、機能Bは阻害されない。そして、脳領域2の障害に対して、ある機能Bは阻害されるが、機能Aは阻害されない」という基準である。電気刺激を異なる脳領域に対して行う場合に観察される認知面での反応に関しても、同様で、「脳領域の刺激に対して、ある機能Aが生成されるが、機能Bは生成されない。そして、脳領域2の刺激に対して、ある機能Bが生成されるが、機能Aは生成されない」と表現される。

こういった脳の切除や電気刺激などの方法で、高次な認知機能に関して調べる事のむずかしさも想像できるだろう。なぜなら、言語などの高次機能はヒトでしか調べる事ができない。しかしながら、ヒトを対象として研究をする場合、つまり脳損傷患者を調べる場合には、患者の死を待たなくてはならない。その上、脳の損傷部位は患者ごとに異なるためには、症例をたくさん集めなくてはならない。脳の形は、個人ごとに少しずつ異なるし、機能局在している部位も実際に個人差があるかもしれない。なにより、損傷後でも、脳は機能を回復するため、再構成(reconfiguration)を続けている。そのため、損傷直後の状態の観測は困難であった。さらに、脳卒中などの起こる場所は血管の走り方で束縛を受けており、同じ血管の”幹”から出ている領域は、連動して影響が出てしまうことが多い。つまり、どの脳領域の損傷のデータでも得られる訳でもない。

他にも、一般的な問題がある。脳の中では、活動が伝搬して、認知機能が生じている。そのため、「どのタイミングでどの部位が活動しているのか?」という時間と部位の情報が組み合わさって、はじめて本当の脳内情報処理の理解へとつながる。しかし、脳損傷とは、脳で、常時、起こっている問題であるため、時間的な処理の流れまで考慮した理解には到達できないのである。

さまざまな問題を抱えている訳であるが、1970年代ごろ、脳波を超える解像度を持つ、脳を傷つけずに計測できる(非侵襲)計測手法が開発されてきたおかげで、その多くの問題が解消に向けて、大きな前進をする。いわば、認知神経科学に革命的な変化が訪れることになる。

1-3. マクロな脳機能計測法

脳の機能局在の理解は、脳を傷つけずに計測できる手法(非侵襲計測法)が、脳波以外にも多く開発されてきたおかげで、大きく発展した。脳を傷つけずに活動を計測できるとすれば、当然、脳損傷患者さんがご存命の間に脳のデータが計測できるし、状況が許せば、脳損傷後のできるだけ早い段階で脳の状態を計測する事も可能である。当然、健常者での脳活動の計測も可能となるため、脳損傷の原因となる血管の走り方のムラから来ていた”得られるデータのムラ”を心配する事もなく、どの脳領域の活動であっても計測できる様になる。また、計測手法の解像度の許す限り、脳活動の時間的変化も観測できる。さて、脳波以外の非侵襲計測法を順番にみてゆこう。

脳波と最も近い計測方法は、脳磁図(Magnetoencepharography)である。ニューロンの活動は電気信号である。電流が流れると、流れを取り巻く様に磁場が生じる (図*)。この物理原理は、1820年ごろから知られていた“右ねじの法則”である。しかし、脳から生じる磁場が極めて弱い(身体の回りを取り囲んでいる地磁気の一億分の一程度)ため、計測することが、長い間むずかしかった。1962年に、イギリスのブライアン・ジョセフソンが、後に、”ジョセフソン効果”と呼ばれる現象を理論的に予測する。超伝導体という言葉を聞いたことがあるだろうか。ある組成を持つ物質を非常に低い温度に冷やしてやると、その電気抵抗がゼロになり、電子が内部で自由に動き回れる状態となる。これ超伝導状態の物体、「超伝導体」と呼ぶ。超伝導体で輪(一巻きのものも多いが、以下では”コイル”と呼ぶ)を作って、一部に絶縁体をはさむ。古典電磁気学では、絶縁体の間を電子が行き来して、電流が流れたりするはずがない。なぜなら、絶縁体の名前の由来そのものだからである。しかし、量子の世界では、粒子は、境界線のない”雲”の様なものであることを示されてきた。つまり、その”雲”が、絶縁体を超えて、他方の超伝導体にまでもれ出している。もし、コイルの中に磁場が通過すると、絶縁体をはさむ二つの超伝導体の面からくる”雲”同士のズレが大きくなり、お互いに干渉を起こし、絶縁体を乗り越えた電流が流れる。これがジョセフソン効果である。ちなみに、江崎玲於奈博士はジョセフソン効果の実証をし、応用面での意義を示したことで、ジョセフソン氏と共に、1973年にノーベル賞を受賞している。その意味で、ジョセフソン効果は、日本人にも身近な現象だが、物理の数式という”言葉”を使った方がはるかに正しく理解できるので、この点は、他の本で補足して頂きたい。さて、応用上で大切なことは、このジョセフソン効果を用いて、磁場を電流に変換してから測れば、非常に弱い磁場でも信頼に足る強度の信号にできる点である。その様な超伝導体の輪を使ったセンサーを、超伝導量子干渉計(SQUID)センサーと呼んでいる。アメリカのデーヴィッド・コーヘンらは、1968年に、そのSQUIDセンサーを脳由来の磁場計測に応用して、脳磁図研究が本格的にスタートすることになる。以上をまとめると、物理現象の蓄積に時間が必要だったため、脳波より40年ほど遅れたが、頭の表面からもれ出している磁場を計測できる様になったのが、脳磁図である。

脳波や脳磁図の特性をもう少しだけ見ておく。脳波や脳磁図で共通していることは、頭の外だけから、自然ともれ出す電磁気信号を測っている点である。その結果、頭表面から計測できる信号から、脳内にある電荷、電流の位置を推定する必要がある。ただし、磁場も電場も、その電磁気信号の源からの離れるほど、どんどん弱くなっていくため、頭の表面に近い場所での電気活動を、重点的に計測している。

脳波や脳磁図には違いもある。脳波で電位を計測するときには、電荷が脳内にあれば、頭表面での電位として計測される。つまり、電荷の動く(電流の)向きに影響されない。しかし、脳磁図では、電流(電荷の流れ)を取り巻く磁場を計測しているため、電流の向きに直交する向きにコイルの穴が向いているときにだけ計測できる。逆に言えば、コイルの向き直交している電流だけを計測している点が、脳磁図では、脳波と違っている。そのため、おおよそコイルに直交する向きに、多くのニューロンからの軸索が走っている必要がある。そこで、この必要性を満たして配置されている皮質の錐体細胞が、信号源としての大きな割合を占めているだろうと言われている。また、信号の検出に必要となるニューロンの数は数万個と推定されて、話が落ち着いている様にみえる。しかし、この辺りの話題には少し注意が必要だろう。 なぜなら、細胞の活動がどのくらい同期しているかによって、重ね合わせに貢献する細胞数も変動するはずである。また、皮質内には、錐体細胞以外にも多くの細胞がある。より厳密に、どの種の細胞が何割の寄与をしているか、という様な評価をするためには、細胞の空間的な分布状態を再構成したシミュレーションが、本来は必要である。そのシミュレーションの精度は、現在も向上している最中である。また、ミクロ回路の研究では、細胞種による情報処理への貢献の仕方の違いなども大切な論点である。この記事の中でも、ミクロ(ニューロン)レベルでの研究との関係性をお話するが、数万個単位のニューロンが集まったときに何が起こっているのか、それがマクロな計測とどう関係しているのかについては今後の解明が必要であろう。

さて、脳波や脳磁図では、脳内の電流から、頭の表面へと自然にもれ出す電位もしくは磁場として計測しているが、脳に、その外から光を当てたり、磁場をかけたりして、その応答を観測する脳機能計測方法も開発されてきた。ただし、歴史的に見ると、それらの脳機能計測方法が開発される前に、脳の構造計測方法の開発が先行する傾向があった様である。

脳の構造を測る方法であれば、X線CT(Computed Tomography)がはじまりである。X線というのは、ある波長(10 nm–100 pm)の光である。その光が脳を限らず、体を通過すれば、ある程度は吸収された上で通過する。そこで、様々な方向からこの光を当てて、通過してきた光の強度を計測して、それらの計測情報を組み合わせて解析すれば、その光が通過する経路上にあった物体の位置が特定できる。言い換えると、健康診断でも目にするレントゲンの写真をたくさん撮って、数式的に組み合わせて三次元の情報を割り出すのが、X線CTである。X線を一方向だけから当てて、身体を含む物体を通過した”陰”を観測したのは、ヴィルヘルム・レントゲンで、1895年の仕事である。その後、アメリカのアラン・コーマックが、フーリエ変換を用いて、その解析に必要な数理を準備し、1971年に、イギリスのゴッドフリー・ハウンズフィールドにより第一号機が開発されている。日本でも、1975年ごろには、東芝や日立が国内産CTを販売している。高度成長の最終時期にあり、日本の科学水準はほぼ西欧の水準に追いついていた。

X線CTが開発に到ってから数年のうちに、もう一つの脳(生体)構造の計測装置である脳磁気共鳴イメージング(MRI; magnetic resonance imaging)が開発される。この装置は、開発当時、脳”核”磁気共鳴イメージングと呼ばれていた。名前の通り、核磁気共鳴現象を用いた、脳の画像化法である。核磁気共鳴現象とは、物体内にある分子や原子の核の磁気特性が持っている周波数と外部から与えた振動磁場との間で共鳴が起こる現象である。1946年に、F.BlochとE.M.Purcell らによって、はじめて、デモンストレーションされた。直感的な説明をこころみてみる。分子や原子(のほとんど)は、電荷を持ちながら”回転”している。電荷が動くと、それに伴い、分子や原子の周りには磁気が発生している。この”回転”(の様なもの)を”スピン”と呼び、厳密な意味を理解するには量子力学が必要となるが、それは他書を参考にして頂きたい。ただ、それぞれの原子や分子の核は、電荷もサイズも異なるため、持っている固有の”回転”周波数も、その原子や分子の種類(原子番号とその組み合わせ)によってちがっている。その分子や原子の”回転”周波数と、外部の振動磁場の変動周波数が合えば、共鳴が起こる。これが核磁気共鳴現象である。

さらに、アメリカのPaul LauterburとイギリスのPeter Mansfieldは、この現象を応用して、生体イメージングが可能である事を示す。共鳴が起これば、外部磁場から原子核にエネルギーが注ぎ込まれる。十分、エネルギーを注ぎ込んだ後に、外部の振動磁場を止めると、共鳴によってため込まれたエネルギーが放出され、その様子を外から観測すれば、振動磁場を照射したライン上に、「エネルギーを吸収できる特定の原子や分子」があったことが分かる。その振動磁場の走る方向に直交する方向に強度が次第に弱くなる様な「止まっている磁場」も一緒にかけておけば、照射点から原子や分子がある場所までの”奥行き”もわかる。そこで、ある原子や分子がどこにある三次元的な位置が分かるのである。わざわざ、共鳴(エネルギー吸収)時ではなく、放出時に観察するのは、一度、共鳴状態にしてやれば、物体内に存在する原子や分子のスピンの向きが、一旦、同じ方向にそろうため、安定した大きな値として計測できるからである。この着想で、脳を対象に、外部磁場と静止磁場をかけて、画像化するのが脳磁気共鳴イメージング(MRI; magnetic resonance imaging)である。特に、水の水素原子の密度を描くと、脳の灰白質、白質、脳髄液などに別の色をつけられる。

さて、脳機能計測法の話にもどろう。X線CTに遅れること数年、1975年に応用にまでいたった脳機能を計測システムが、PET(positron emission tomography)である。さらに約15年後、脳構造を計測するMRIを発展させて、脳機能面での計測する fMRI(functional MRI; 機能的MRI)が開発される。これらの方法では、ニューロンの活動そのものではなく、ニューロンの活動に伴って起こる二次的な変化を測る。ニューロンが活動するのにも、エネルギーが必要である。エネルギー源を作るのに、血管の中にある糖分と酸素を消費する。たとえば、酸素を計測してやれば、ニューロンの活動を知るヒントになる。

PETでは、”特定の分子(たとえば、酸素)と化学的には同じ性質なのに放射線を発する分子” (放射性同位元素)を体内に注射する。そうすると、脳は、たとえば、普通の酸素との区別ができずに、ニューロンの活動部位にその同位元素を呼びよせてしまう。そのため、頭の外にもれ出す放射線を計測して、X線CTと同じ要領で解析をしてやれば、よく活動している部位が特定できる。X線も放射線の一種であり、PETでは放射線を生み出す物質を使っているという意味で、X線CTに使われている物理原理を少し掘り下げた知見(「放射性同士元素の存在」)を応用した計測手法である。

さて、先にも述べた様に、構造を測るMRIがさらに進化を遂げる。構造を測るMRIでは、水素の量を使って、画像を描いていたが、機能を測るfMRIは、その酸素の量の変化を測る事で、間接的にニューロンの活動度の変化を描くのである。血液中で、酸素を運ぶ役割をいているのが、ヘモグロビンである。酸素がくっついているヘモグロビンをオキシヘモグロビンと呼び、酸素がはなれたヘモグロビンをデオキシヘモグロビンと呼ぶ。オキシ(oxy-: oxygenの略)とは、酸素のことである。脳のある場所で、ニューロン集団の活動が活発になると、まず、そこにある酸素が急激に消費されて、デオキシヘモグロビンの割合が高まる。するとすぐに、その周辺の血管から、血液と一緒にオキシヘモグロビンがむしろ増えてから、次第に元の割合へと収まっていく。そのため、脳での電気活動は数十~数表msで収まるが、それにともなう血流変化は、ある典型的な波形で数秒間続く。この波形を、BOLD(blood oxygen level dependent; 血中酸素レベル依存性)信号といい、 この一連の変化を、BOLD現象という。この現象が、1986年、小川誠司氏らが発見した現象である。1991~2年までに、装置の高速化も進められ、この時間的に変化を実際に計測可能となった。この発見により、小川氏は、毎年の様にノーベル賞受賞者候補に名を連ねている。(MRIや) fMRIは、(CTや) PETとは違い放射線を必要としない。そのため、計測時間や、実験を繰り返せる回数への制限が少ない点などから、脳機能計測はPETに比べて、明らかな優位性を確保している。ただし、血流量の変化など、PETでは計測できるがfMRIでは計測しにくい脳内指標が存在している点には留意も必要である。

さらに1996年ごろに、機能的NIRS (fNIRS; near infra-red spectroscopic topography)が開発され、彩りを加えている。機能的NIRSでも、オキシヘモグロビンとデオキシヘモグロビンを計測している。近赤外線(波長700-900nm)をある程度、生体内まで届く性質がある。そのため、その波長の近赤外線で頭を照らして、散乱してきた近赤外線を計測して解析することで、頭内で、オキシヘモグロビンやデオキシヘモグロビンに出会った成分を抜き出すことができるのである。

非侵襲計測法ではないのだが、脳磁図や脳波と比較しておくとよい計測手法として、皮質脳波 (もしくは、硬膜下皮質表面電位, electrocorticogram; ECoG)がある。ECoG計測では、脳波で計測するのと類似のセンサーのシートを硬膜の下に挟み込む。この手法も、脳波と手術技法を組み合わせたものであるから、脳波の発見の後30年ごろ、つまり1950年代には、カナダのワイルダー・ペンフィールドやハーバト・ジャスパーらが、てんかんの発生箇所の特定などに用いていた。しかし、2000年ごろより、ふたたび、マクロな脳機能計測の弱点を補う方法としての注目を集める様になってきた。なぜなら、脳波、脳磁図、皮質脳波では、頭の表面から電磁気信号をはかっているため、脳内信号を観察するためには、活動源を推定する必要がある。しかし、推定は、できるだけ脳内信号に近いところから計測している方が、仮定を少なくできるはずだからである。ただし、まだ厳密な評価はされていないが、皮質脳波は、脳波や脳磁図と似て、皮質下などの、脳深部の信号を計測することは比較的にむずかしいだろうと考えられる。なぜなら、脳表面に近づくという事は、計測センサー付近での活動への重みをさらに高めた計測をしている事を意味するからである。いずれにせよ、まったく新しい原理にもとづく非侵襲計測方法の開発が表立っていない2005年ごろから、皮質の広域的なパターンを観察するために”古くて新しい”皮質脳波の貢献が目立っている。

以上に挙げた計測手法のメリットとデメリットを見てみよう。脳の原理を解明する上で計測手法に求められることは、「高い機能(解像度)」と「信号の解釈の信頼性」だろう。もう一つの軸は、社会応用に向かう観点である。そこで求められることは、「低価格」で「携帯可能性もしくは可動性」である事だろう。

計測手法の歴史を、おおまかにだが見てきた。その経緯では、生理学的な原理の理解が進む、それと前後して、工学的技術が結びついて、計測できる信号が示される。さらに、その計測を、体系的に取り込んだ装置が開発される。医学、理学、工学の間でバトンを渡しながら進んでいっている。今、存在している装置の開発の歴史は、その技術だけではなく、その時々の人の歴史を見せてくれる。

その原理の解明から装置の開発までの間では、いつも百年から数十年の時間がかかっている。今後、必ず新しい計測手法が開発されてくるだろう。歴史は、「今、計測に有効そうな原理は何だろうか?」と問うと、数十年前に発見されていた原理に出会える可能性や、「どういった原理が準備されれば、時間がかかっても応用にいたるだろうか?」という長い時間軸で考えることの大切さを、我々に教えてくれている。

1-4. データをまとめる(メタ解析)

さて、冒頭にも述べたが、重要な点は、非侵襲計測手法の開発により、脳で研究できることが爆発的に増えたことである。脳の破壊や直接刺激をしないで、健常者からでも観察できる様になった。さらに、なんらかの刺激を与えた時の脳の応答を、幅広い条件を見渡せる様にもなった。

X線CTの開発には原理解明から80年がかかっているが、PET、MRIの開発は、その後、わずか2年で進んできた。その後のfMRIの発明も、20年あまりである。これは偶然ではない。X線CTの開発途中で得られた着想とノウハウが引き継がれて、加速を手助けしてきたのである。「頭表面で計測できる信号を再構成して脳内信号を計測する」という発想が定着したこともあるが、X線CTの研究から引き継がれた事はそれだけではない。1987年ごろに、X線CTのデータで、別々の人の脳を、ある共通のテンプレートの上で重ね合わせるという方法が提案されたのである。元々、回転、拡大などの線形な変化で重ね合わせるだけであったが、脳を”膨らませる”変化も取り入れられて、個人間で似通っている脳のシワ(溝)を参考にして重ね合わせる補正も加えられてゆく。これらの工夫のおかげで代表的なシワの周辺での重ね合わせは良くなったが、その代表的なシワからずれると、少しずつ重ね合わせは悪くなる。そこで、さらに非線形の補正を加えられて、少しずつ、全体的に重ね合わせの精度が良くなってきた。

この様に、画像を重ね合わせる環境がある程度できてくると「一つのデータでは機能の分布が観察できないが、多くのデータをまとめれば、全体像が見えてくるだろう」という着想をテストできる様になってきた。

この着想をさらに拡張して「様々な研究(論文)で得られたデータをまとめよう」という展開もある。こういった発想での解析をメタ解析という。その様なアプローチで、どのくらいまで、脳機能局在論の議論は深まったのだろうか。現在、広く使われている非侵襲計測として、最も空間解像度が高い方法であるfMRIを例にとって、考えてみよう。

たとえば、ヴァン・エッセンらにより、サルでの電気実験で得られている「ある認知機能に対応した脳部位」と人での「相同な脳部位」を対応付けて、進化のプロセスで、脳のどこが拡大してきたのかを知ろうとする様な野心的な研究も行われてきた。さらに、動物での研究の限界を超えて、人の脳の機能を理解する上で重要な役割を果たすことになる。つまり、高次脳領域と呼ばれる、人に対して特異的に存在する様な領域の中で、異なる課題に対応して活性化する活動を重ね合わせることで、多くの面白い知見が得られてきた。

しかし、ここで少し考えてみる必要がある。fMRIなどの計測手法で観測できる”活動している領域”というのは「ある認知課題を行っている時の脳活動」と「ある認知課題を行っていない時の脳活動」の違いに統計検定を行い、有意であることで決めることである。「有意であるか?」と問うことは、山に等高線を与えて、どのくらいの高さがあれば「十分に高いか?」と問う様なことである。山の周りに沢山の小山がある場合には、ある程度くらいの高さでは、頻繁に起こりすぎているため「十分に高い山だ」とは言いにくくなる訳である。とても厳しく、ある高い位置に「十分に高い」と言える線引きを与えておけば確かに間違いがない。しかし、ある程度の高さよりも厳しく線引きを用意する限りは、いつでも「十分に高い」と言えてしまう。

「脳が十分に活動している」「脳が有意に活動している」というときも同じ事である。「脳活動での統計検定で有意である」ときには、水準が十分に高ければ、活動が存在することの証拠になる。しかし「脳活動での統計検定で有意でない」ときに、意味のある活動が存在しないことの証拠にはならない点に注意が必要である。言い換えると、活動がどこまで ”広がっているのか” はむずかしい問題なのである。

1章の2節で話した二重乖離 (double-dissociation)の基準を思い出そう。二重乖離の基準を元に脳領域A’と脳領域B’を分割するためには、「認知機能Aに対応して脳領域A’ が活動し、かつ認知機能Bに対応して脳領域B’ が活動する」だけではなく、「認知機能Aに対応して脳領域B’ が活動しないで、かつ認知機能Bに対応して脳領域A’ が活動しない」ことも示されなくてはならない。

しかし、過去の多くの非侵襲計測手法でのデータでは、「どこが十分、活動しているのか?」という事を語ることできても、通常「活動しない」ということまでも語ることは難しい。なぜなら、計測装置自体にもノイズは存在している訳であり、そのノイズの強度に、脳活動の強度が飲み込まれてしまうと、脳活動の存在を語ることはできないからである。後にも話すが、さらに難しいことは「『特定の認知活動をしていない状態』や『極端に何らかの刺激も受けていない状態』であっても、脳は働いている」ということである。つまり、何を基準にとるかによって、活動の有無は変化しうる。それらの理由から、基本的に「十分に活動している」という基準は、多少、高めに取って、確実な議論をする事がサイエンスとして望まれることになる。つまり、図*の例の様な絵の場合、色分けは美しく、活動の中心部はなんらかの形で認知機能と関係しているだろうが、その色分けの境界線の位置にまで、信頼できる”意味”が与えられている訳ではないのである。

様々なデータをまとめるメタ解析のアプローチを取る場合には、この問題がさらに難しくなる。というのは、一般に、論文ごとでの有意差を決める線引きの値にばらつきがあるからである。そのため、それぞれの研究で、もっとも高い点(ピーク)を選び出して、その分布を観察する、もしくはそれを少し補正した方法で分布を観察する、というのが基本的な着想となっている。こうなると、残念ながら、ある一つの領域がどのくらい広がっているかを語れなくなる。以上の様に、絵で見るとよく分かる雰囲気がしても、案外、考えておく問題はある。しかし、問題はあるのだが、この様な解析を行うと、「かなり計測される活動部位が、実験の少しの違いでばらつくことがある」という知見が得られる様になった。

以上をまとめると、いろいろと限界はあるが、それでも非侵襲計測で計測した複数の認知活動に対応する脳活動を共通のテンプレートの上に描き出す事ができるまでに”脳科学”が前進した。

1900年代後半に、「脳破壊/脳直接刺激の時代」から「脳機能計測の時代」へと移行し、それとともに「低次機能の脳部位の時代」から「高次機能の脳部位の時代」へと動いた。そして、2000年代より、「機能局在の時代」から次のフェーズへと”脳科学”は歩みはじめていた。

1-5. 脳は休まない

実は、非侵襲計測を”機能局在論” にもとづいて活用するという流れの陰で、もう一つの大切な科学的な疑問が抜け落ちていることが指摘されていた。

時をさかのぼって、19世紀初頭、Charles Sherringtonは、“The Principles of Psychology”の中で、「脳は基本的には反射的に応答するものである」と主張していた。逆に、シェリントンの弟子であるT.Graham Brownは、「脳は基本的に内面的な処理を行っている」という全く逆の立場を取った。生物に刺激を与えたり、行動をさせたりした時に、脳の応答を観察するという事は、前者の立場に偏った脳の観察をしてしまうことになる。しかし、当然、我々は目を閉じて、静かな空間にいても何かを考えている。この様な主張は、禅などに馴染みのある日本人には、文化的には非常に受け入れやすい感覚だろう。今では、刺激に独立な思考(stimulus-independent thoughts; SITs)などと、立派な英語名もつけられているが、十数年の間、神経科学での注目が浴びる機会がとぼしかった。

1-6. 誘発活動の研究の発展の陰で

休止時の脳活動の重要性への認識が遅れたには、それなりの理由がある。新たな計測方法が開発されると、まず、その計測手法が確かな情報を拾えているのかの確認をすることから研究が進められる。脳を内部まで、同時に、そして広く計測できる、PETやfMRIなどの脳機能計測方法が使用可能になったのは1980年代の事であり、まだ30年程度の歴史しかない。その中では、外部刺激もしくは運動など、行動と直接対応づけられる客観性の高い信号から解明が進んできた。その際には、信号の波形を美しく抜き出すために、同じ条件の実験を100回程度も繰り返し行い、その100個程度のデータの平均を計算する方法が一般的である。また、ある課題に関係する脳活動を抜き出すためには、「課題を行っている状態での脳活動」から「その課題を行っていない状態での脳活動」を引きさることが一般的な方法であった。この「その課題を行っていない状態」を「コントロール状態」と呼ぶ。これらの方法は、今でも”主流”の方法である。数理系の学生たちの中には、この様な解析方針は、脳信号に線形性を前提としている点が、大いに気になる人もいるだろう。ここで線形性を仮定しているのは、生体の特性に即した非線形性を、どの様に表現すればよいのかが明瞭ではないからであり、実のところ、例外的な事例はたくさん見つかっている。後に、この点についても話すことになる。

さて、これらの選択で、客観性を確保しながら正しく研究を進めようという姿勢としては評価されるべき側面があるだろう。しかしながら、その陰で、マクロな脳機能活動の研究分野において、休息状態の研究は大きく出遅れる事となったのは、明らかに問題であった。アメリカ、ワシントン大学セントルイス校のマーカス・ライクルらは、2000年初頭ごろより、二つの知見から、刺激がなくても続いている脳内活動(自発活動)の重要性の再認識を促した。第一の知見は「エネルギー量をPETでの計測信号から推定してみると、刺激から誘発されて生じる活動(誘発活動)は、自発活動のたった5%程度にすぎない」ということである。つまり、明らかに自発活動は重要なのであった。また、第二の知見は「脳内のニューロンの接続の内で、外部との接続につながっている割合は非常に少ない」ということである。例えば、第一視覚野のニューロンが、目の網膜につながる中継をしている外側膝状体とつながるシナプスの割合は5%程度にすぎない。つまり、脳は外部からの影響を大きく受ける様にはできていない、という事から、自発活動の重要性を示唆していると考えたのである。ライクル博士は、この様な視点は、50年以上も前に、Louis Sokoloff, Seymour Ketyらにより議論されていたにも関わらず、長く引用されずに、無視され続けてきたという点も指摘している。

1-7.活動量ゼロ」「負の活動」とはどういう意味か?

前章で、自発活動の重要性を説明した。よりフォーマルに考えると、「自発活動」という発想の大切さが理解されたとしても「どの様にして確かな議論を進めればいいのだろうか?」という課題がある。その課題を考えるに当たって「『何もしていない状態』つまり『活動の基準(もしくは、”ゼロ点” )』をどう決めるのがよいだろうか?」と問うてみるのがうまそうである。

これは、誘発性活動を計測する研究の中からも自然と湧いてくる疑問である。ある認知状態に関係する脳活動を定義するときに「課題を行っている状態での脳活動」から「コントロール状態(その課題を行っていない状態)での脳活動」を差しひくというお話をした。しかし、そういう引き算をしてみると、しばしば「負の値」が得られる。それも検定を行うと有意になる。そこで、こういった「『有意な負の活動』をどう理解すればいいのか?」という疑問が出てきたのである。値が負になるかどうかは、どこをゼロとするか次第なので、「『活動の基準(もしくは”ゼロ点” )』をどう決めるのがよいだろうか?」と訊ねる事と本質的に同じことである。

1-8. 基準と対象の関係を反転させる (“reverse-subtraction strategy”)

1997年、アメリカ、ワシントン大学セントルイス校のGordon L. Shulman らは、過去に行われていた9個の視覚系実験研究で計測された、132名もの被験者の大規模なPETの実験データをまとめて、メタ解析を行った。活動の基準について考えるとしても、課題のバリエーションが無数にあることから分かる様に、課題を行っている”脳状態”というのも多様だろうから、「どの課題も行っていない状態での脳活動」と「できるだけ多くの課題を行っている状態での脳活動の重ね合わせ」の比較を行わなくてならないと考えたのである。そして、課題遂行時に”強まる脳活動”と”弱まる脳活動”を、二本の論文にまとめて同時に出版する。”弱まる脳活動”とは、つまり、通常の逆の順序として、resting時の脳活動から課題遂行時の脳活動を差し引いて、むしろ”強まる脳活動”のことである。

フランスのNathalie Tzourio-Mazoyerらも、2001年に、63名の被験者から、記憶課題と実行課題 の脳活動を観察し、多種の課題を行っているときに、弱まる脳活動のパターンがある事を報告した。そして、2001年、アメリカ、ワシントン大学セントルイス校のライクル氏も、シュルマンと共に、「目的志向的課題」をしている最中に「目を開いているだけ」の時よりも、共通して弱まるPET実験での脳活動のパターンを観察した。以上の研究から、そこに似たパターンがある事が次第に認識される様になる。

そのパターンは4つの大きな塊からなっていた。一つ目は「前頭葉の内側」、二つ目は「楔前部と後部帯状皮質(左右の耳の頂点をつなぐ線上の中央あたりにある脳の部分)」、三つ目は「左半球の下部頭頂葉と側頭葉の一部」、四つ目は「右半球の下部頭頂葉と側頭葉の一部」である。それぞれの部位は実験により多少場所のズレがあるため、いまだに、ある程度の幅を持った表現で場所が語られている点には注意が必要である。 そして、ライクル氏らは、その空間パターンに「デフォルト・モード (default mode)」という名をつける。現在、研究者でも、ほとんどの人が、ライクル氏の研究をオリジナル研究とみなしている。しかし、それ以前から同様のパターンが、幾人かの研究者によっても観察されていた。この辺りに、研究者の業界で歴史を検証することの難しさが感じられる。

1-9. バランス状態としての自発活動 –自発活動だけからデフォルト・モードを定義する

さて、いろいろな種類の課題を行っているときの脳活動とくらべて、自発活動の状態(目を閉じているだけ、もしくは、一点を見つめているだけの状態)での脳活動で(「弱まる」のではなく、むしろ)「強まる」領域のパターンに明らかに共通性がある、ということへの傍証が固まってきた。そして、そのパターンに名前が付けられた。しかし、課題のバラエティをどう選ぶかなどに任意性が残ってしまうため(様々な課題をしている脳活動との違いとして、休息状態の脳活動の特徴を定義するのではなく)休息状態の脳活動のみからその特徴を定義したい、という思いが出てくる。しかし、どの様に評価するのが相応しいのだろうか?

ここでキーになってくるのは、「脳は、自発状態において活動強度のバランスをとっているだろう」という着想である。つまり「ある場所Aで活動が強まれば、別の場所Bでの活動が弱まり、ある場所Bで活動が弱まれば、別の場所Aでも活動が強まる。」という具合である。つまり、脳は、領域間で位相をわざとずらして振動 (正と負を繰り返)している。 波形が正弦波の様な美しい波形な訳ではないので、もう少し周期的なイメージを抜いて表現すると「同期してゆらいでいる」と表現できるだろう。そこで、それぞれの脳領域での信号が「一緒に動いているかどうかから、脳活動パターンのグループを決めればいいではないか」という発想の転換が生まれる。

この発想の転換が生まれるには、いくつかの研究の積み重ねがあった。まず1995年に、Bharat Biswalらは、体性感覚野に限定して、PETで計測した自発信号を観察したところ、類似領域間では、同じタイミングで信号が強弱していることを見いだしていた。つまり、自発活動において、機能の似た領域同士は、同期した活動をしているということの第一の例を報告していたのである。

一つ異なる文脈の話を思い返す必要がある。1-3章で述べた様に、2001年にはfMRIは開発され、放射線を必要とする「PETの時代」から、放射線を必要としない「fMRIの時代」へと時代の中心は移行しはじめていた。2003年に、ドイツとイギリスのチームが、Laufs らは脳波とfMRIを同時計測して、脳波でのα,β帯域(8-12,17-23Hz)の振動信号と関係のあるfMRIの信号を抜き出すと、自然と、デフォルト・モード的なパターンの観察できる事を報告する。ここで重要なのは、”振動信号”と比較している事である。すでに、脳波の研究としては振動現象として解析する研究には、かなりの蓄積ができていた。この様な背景を受けて、Michael Foxら(ライクル氏らのグループ)から新たな研究が報告される。fMRIで計測した自発活動の信号を、直接、ある種の振動(ゆらぎ)と見なして、別の部位同士で相関を網羅的に計算し、空間パターンを描いてみたのである。

ここで、「デフォルト・モードの定義」が静かに更新された。fMRIで観察される図*に描いている。図中、青色で取り囲まれている部分が、先ほど見てきたデフォルト・モードのパターンと似ていることが分かるだろう。この研究以降、視覚領域、聴覚領域、運動関連領域らとは、ずれた部位でとりわけ強い色が見えるため、視覚”モード”、聴覚”モード”、運動”モード”などに並び、脳の休止状態に現れる新しい脳の”モード”として、名を刻む事となった。

「デフォルト・モード」というシンボリックなパターンの存在が確証されると、批判が存在しつつも、次第に多くの研究者たちが参戦をしはじめて、大きな潮流となっていくのだが、ここで「デフォルト・モード」が、機能局在論で語られる「認知機能と対応する局在化した脳活動部位」というロジックから、かなり外れていることを確認しておいた方がよいだろう。まず、第一に「広域的なパターン」である。第二に「明確な”何らかの認知課題”との関係づけで、関連する脳部位が決められていない」という事である。同じ脳科学でも、かなり着想が変わってきた事に気づかれるだろう。いずれ、これらの点での議論を再開することになるだろうが、一度、デフォルト・モードの特徴を見ていく事にする。

1-10. デフォルト・モードの特性

その後の研究から、次第に「デフォルト・モード」とは何かが見えてくる。その中でも2つの点についてお話をする。1つ目は電気的活動との関係性、2つ目は認知機能的な意味である。デフォルト・モードは、PET やfMRIで観察されたのが、そのはじまりである。その事は”強み”と”弱み”を伴っていた。PETやfMRI、とりわけ、PETでは新陳代謝を反映した信号を計測している。そのため、新陳代謝としての解釈はしやすい。これが、いわば”強み”である。逆に、脳波や脳磁図とは違い、電磁気信号を直接的に計測していないため、本当に神経活動を反映したものである保証がないという”弱み”があった。そこで、「デフォルト・モードは、休息状態で新陳代謝が高まる領域の様であるが、そこで電気活動も本当に高まっているのか?」という問題が設定できる。

・デフォルトモードと神経(電気)活動との関係性

編集中

・デフォルトモードの認知機能的な意味

編集中

デフォルトモードは、視覚、運動、聴覚、注意、目的志向的行動など、いわば”外に向いた” 認知機能を行っている時には、弱まる特性があることは、すでにお話した通りである。 成長, 睡眠, 疾患, 注意らとの関係性 — mind-wandering

構造ネットワークとの関係性

ベキ分布

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マクロな脳のネットワーク

2-1. 機能局在説・再考

非侵襲計測ができることで、脳損傷の事例などからは厳密に議論できなかった問題も、かなり議論できる様になってきた。しかし、以前の章で紹介した「機能局在説」つまり「脳のある部位が特定の認知機能に対応しているという説」がどこまで正しいのかという問題は、非侵襲計測ができたとしても残る課題である。そこで、機能局在説にどの様な落とし穴があるのかについて、もう一度、考えてみよう。以下の議論は、「ある脳部位が損傷を受けた場合」の例から議論するが、「ある脳部位を刺激した場合」でも「脳機能計測である脳部位での活動が計測された場合」でも、ほぼ同じ様な議論がなりたつ。

まず「ある脳部位の除去によって、ある認知機能に障害が生じた」という事だけから、その脳部位がその認知機能を担っているという結論を出すのは軽率である。というのは、その領域と他の脳部位との”相互作用”が大切なのかもしれない。また、その脳部位を介した他の脳領域間での接続が途絶えた事が原因かもしれない。もっと素朴には、その除去領域の周辺の接続が切れていることが原因なのかもしれない。

ある脳部位が損傷を受けた際に、その損傷部位から、はるかに離れた脳部位でも活動低下(血流量もしくは代謝)が見られることがある。この現象を、遠隔機能障害(Diaschisis)とよぶ。たとえば、ある脳領域が損傷を受けた場合、別半球側の脳部位でも活動低下が頻繁に生じる。この現象は、明らかに、損傷が起きた部位が、他の脳部位と共に働いているという事を示唆しており、損傷部位と認知機能の単純な対応づけをすることに注意を促している。また、遠隔機能障害で影響が出る損傷部位から離れた領域は、損傷部位との接続関係がある事が多い、ということも確認されている(Catani and Mesulam, 2008)。後に紹介するが、前頭葉や頭頂部や側頭部にある連合領域と呼ばれる領域は、様々な部位と幅広く接続している。その様な領域の損傷の場合はどうだろうか。その領域の損傷から起こる認知機能を、その脳部位自体の機能として対応づけるのは、過剰な単純化となる。

認知機能・認知現象としては、ひとまとまりの名前が付いていたとしても、その機能が、多くの脳部位にまたがる活動のパターンに関連していたらどうなるであろう。たとえば、統合失調症には、臨床的に一つの名前が付けられている。この症状を見つけた、スイスの精神科医オイゲン・プロイラーは、統合失調症を「精神機能の著しい分裂」と定義した。近年、統合失調症患者では、多くの脳領域での変化が同時に起きていることが観察されており、やはり単一の脳部位の機能として表現するのは難しそうである。健常者の機能でも、ある種の記憶の「モニタリング」の機能や、行動の時系列を制御する機能や、文脈に応じた行動の切り替えなどの、多くの認知機能で、脳内活動での連携が必要とされると言われている。つまり、認知的な現象に同じ名前が与えられていたとしても、脳内の一つの箇所が担っているかどうかは、気にかける必要のある問題である。

逆に、脳から認知機能を見た場合、同じ(非常に近い)脳部位が、複数の認知課題に応じて活動している例も観察されている。たとえば、2000年に、John DuncanとAdrian M Owenらは、前頭部に、数多くの課題(聴覚の課題、視覚注意課題、自分のペースでボタン押しをする課題、課題の切り替え、空間把握課題、文脈理解の課題など)に関連した脳領域が、極めて隣接して分布していることを確認している。つまり、これらの内の二つの認知機能の低下が起きている患者さんの脳損傷部位の間で、二重乖離の基準から切り分ける事が困難なのである。ここで、一つ確認しておく必要がある。多くの認知機能との関与が確認される、いわゆる連合野と呼ばれる領域は、前頭葉だけにあるのではないのである。連合野は、頭頂葉、側頭葉にも存在しており、前頭葉と似た問題がある。つまり、一つの脳部位が多くの認知機能と関わっているという問題は、前頭葉だけに特化した話ではないのである。

大まかな傾向としては、視覚野、聴覚野、体性感覚野、運動野などは、それぞれ、目、耳、皮膚、体の可動部からの直接の経路を辿る事で、その位置の確定は可能となる。それらに付随した”高次”領域は、その皮質の入り口とのつながり方から類推されるが、高次機能になればなるほど、その混線は複雑となり、脳内の複雑なネットワーク構造への配慮なく、理解をする事がむずかしくなるとまとめられるだろう。少し補足すると、ある脳部位の損傷状態の観察の代わりに、その脳部位を刺激したり、脳活動を計測したりしたとしても、同じ問題が存在する。なぜなら、その刺激された脳部位から接続を持つ脳部位も連動して活動変化を起こすからである。

機能局在から脳を理解する視点には、以上の様な問題点がある訳だが、それは単なる悲観論的な話題ではない。上に挙げた様な問題から言えることは、脳領域間のつながり(ネットワーク)を広く観察する様にすれば、より良い理解へとつながるだろうという考え方に到るということである。

2-2. マクロの構造ネットワーク~ 長いつながりの存在

大脳皮質は、白質、灰白質に分けられる。以前の章で、機能局在といっていたのは、脳表面を覆っている灰白質についての話題である。その脳表面の中には、白質というニューロンの長い軸索繊維の束によって、長距離を隔てた領域間でもつながっている部分が点在している。

「脳の解剖と機能局在」の章で、古典的な脳神経科学においては、ある脳領域の機能を調べるのに、ヒトの代わりにヒトに近い脳を持つとされるサルを調べる研究が長く続けられてきたことを紹介した。その流れを受け、1990年、X線CTやMRIが開発されて15年が経ちfMRIが産声をあげようとしていた頃、リチャード・アンダーセンや、レズリー・アンジェレイダーらは、サルの脳で、視覚系の頭頂部、側頭部、前頭部などでの部分的な皮質領域間でのネットワークを作成する。その一年後、1991年、アメリカのDaniel J. Fellmann, David Van Essenらは、視覚連の処理を行っている皮質領域間でのネットワークを網羅的に計測して、その接続を反映した接続行列を作成する。当時、彼らの用いることのできた方法は非侵襲計測手法ではない。サル一匹一匹の脳の一部にトレーサーとよばれる染色物質を打ち込み、その色の広がる部位との接続があることを確認したのである。

Laminar differences between lower level regions and higher level regions [Markov et al. (2013) Science]

先の章で述べた様に、低次領域は、視覚、聴覚、運動、体性感覚という末梢神経系(身体外部)との接点に近い領域であり、比較的、直感的にも正しく捉えることができる。では、Van Essenらの作成したネットワーク構造を考えたとき、高次領域とは何なのであろうか? 脳内での広域的な接続を、フィードフィーワード接続と、フィードバック接続、側方(lateral)接続いう専門用語を使って、分類した。ここで、フィードフィーワード接続とは「低次領域から高次領域への接続」、フィードバック接続とは「高次領域から低次領域への接続」、側方(lateral)接続とは「同じ階層の間での接続」を意味する。本書の冒頭に、1900~1930年ごろでの、脳機能局在を示す地図の作成が進む入口の時代の話を紹介した。それから50年が経ち、1980年ごろには、皮質の地図の詳細化と高次機能に対応する脳領域の解明が進むとともに「皮質の上に、どの様な (もしくは、どのくらいの数の) 機能的な分割領域が存在するのか?」という疑問から一歩進んで、「分類した脳領域間がどのようにつながっているのか?」という疑問を主に問いかける研究者が現れはじめていた。1980年ごろでの研究から、脳の特定領域での接続を、接続元と接続先の”層”を元にして、ボトムアップ接続とトップダウン接続と側方接続らを定義することの妥当性が、部分的な皮質領域に関して示されてきていた。この様な背景を受けて、Van Essenらは、「接続前領域のどの層から投射が出て、接続後領域のどの層で投射を受けているか」にもとづいて視覚系脳領域らの接続様式を、”網羅的”に分類したのである。Van Essenは、2000年にも、James W. Lewisらと、更新バージョンの接続マトリクスを発表している。以上の、この章で紹介した脳のネットワーク構造の解明は、「層構造を元に、脳の広域的な接続パターンがカテゴライズされる」という考え方を元にしている。この基本的な考え方は、「ミクロに近い特性から、広域的な接続のラベルが与えられている」つまり「『ミクロ vs. マクロ』と『低次 vs. 高次』というのは、全く別の軸での話だと思うが、実は非常に密接につながり合っている」という点を頭に留めておきたい。

2-3. 構造ネットワークもデータの積み重ね(メタ解析)

Van Essenらの努力によって、視覚領域間でのつながり網羅したネットワークが明らかになった。しかし、脳全域の全領域を網羅したネットワークのデータを蓄積することに成功した研究室はない。そこで、ドイツのRolf Kotterらは「それぞれの研究室は、ある脳領域ペア間での接続に注目していたとしても、そのデータをまとめれば、脳全体のネットワークが作れるのではないか?」という着想でのプロジェクトを、1997年からスタートした。そして、400本を超える論文で得られているデータを統合し、標準化された脳のテンプレートに、全ての論文のデータを移し込む気長な作業を積み重ねて行った。

その中で最も難しい問題を、Kotterらは「異なる分割の仕方で用意されたデータをどうまとめるのかだ」と語っていた。その問題を回避するために、彼らは、単純に皮質を分割して接続を一義的に決めるのではなく、まず、個々のデータでの、分割領域の重なり具合(一方が他方に含まれる、重なりがある、重なりがない)から、データの階層性を表現するツリー構造も用意してまとめあげる、というアイデアを用意する。2010年とずいぶん後の話になるが、Modhaらは、このツリー構造を全面に出して、データをvisualizeする。

Kotterらは、2002年には、インターフェースも用意して、インターネットにて全データを公開し、Collation of Connectivity data on the Macaque brain (CoCoMac)データベースと名付けた。最近、CoCoMacデータベースは、脳の位置情報も合わせたインターフェース(Scalable atlas)へと名を変えて、公開が続いている(http://scalablebrainatlas.incf.org)。URLを訪ねて、内容を見てみられると、かなり最新の情報に手軽に触れる事ができる。Kotter氏は、2010年にこの世を去ったが、現在、50才代前後の研究者たちに非常に愛された指導者であった様であり、そのデータベースは、彼らにより守られている。現在、神経情報基盤学 (Neuroinformatics) という神経科学で得られたデータを共有する基盤整備の取り組みが世界中で行われている。Scalable atlasはその中の、ドイツが公開するデータベースの一つとしての位置にある。日本でも、理研の脳科学研究所を中心に、様々なデータベースの作成が進んでいる(http://bsi-ni.brain.riken.jp/index.html.en?ml_lang=ja)。これらの情報は、今、研究を進めている最先端の研究者だけではなく、これから神経科学に触れようとする若者にも魅力的な入口を提供してくれるに違いない。

2-4. 理論的解析の胎動

さて、Kotterらが情熱的にデータベースの作成に取り組んだのは「脳の数理モデルを作成するために、接続データがある事が前提になる」と考えたからである。これらの接続行列が準備されてから、10年も経たない内に、この様な接続行列に数理的解析を適用して、脳が全体としてどのようなデザインとなっているのかを理解する研究がスタートする。現在では、線形な接続行列の構造を解析するとすればグラフ理論を使うことが脳科学でも一般的となっているが、ワッツとストロガッツが有名なスモールワールドの理論論文をNatureに発表するのが1998年の出来事である。つまり、1991年にヴァン・エッセンらが接続行列を用意した時点で、グラフ理論はまだ黎明期にあった。そのため、1990年代での構造を理論的に解析しようとする研究は、まだ手探りの最中にあった。

以下、未公開

2-5. ヒトで脳全体の構造のネットワークを測る

2-6. 活動からネットワークを作るとは? (相関を超えて)

2-7. マクロな構造ネットワークと自発活動のネットワーク

2-8. ネットワークにもとづく脳領域の分割方法

2-9. マクロな脳で、刺激に応答する活動と、無刺激時の活動は同じのか?

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第Ⅲ章 ミクロな脳の計測

3-1. ミクロな脳の活動の観察

3-2. ミクロの機能依存性構造

3-3. 単一細胞は情報をコードするか?

3-4. ミクロな誘発活動と自発活動は似ているのか?

3-5. ミクロな脳構造の観察

3-6. ミクロな機能マップと構造マップの類似性

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第Ⅳ章 ミクロな脳のネットワーク

4-1. ミクロレベルでのネットワーク

4-2. ミクロな構造ネットワークと細胞の機能

4-3. さらにミクロな世界

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章 脳のネットワーク的理解

5-1. マクロ(脳領域の)スケール

・ マクロな脳ネットワークはどうやって決まっているのか?

5-2. ミクロ(ニューロン集団)スケール

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細胞の解像度レベルでの全脳ネットワークを目指して

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第Ⅶ章 ミクロとマクロの接合脳の数理モデリング、その新たな展開

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第Ⅷ章 脳の進化

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